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新開地の歴史

新開地まちづくりNPO理事長・高四代さん

新開地まちづくりNPO理事長・高四代さん

 

未来の「新・新開地」に向かって。(1996年〜)

いち早く復興。味ある「KOBEのB面」として、再び輝きを。

震災は本当に痛手でしたが、まちを見直すいい機会にもなりました。震災を始めとする様々な出来事に関係なく、培ったまちの良いところを守りつつ、伸ばしたいところ、強みを生かして、新しいものを付け加えていっています。
<語り部/新開地まちづくりNPO理事長・高四代さん>

 

これまでの取り組みは、震災後わずか5日目から復興計画づくりを開始するという、力強い動きにつながりました。1年ほどは、震災後の様々な混乱もありましたが、被災したアーケードを地元の結束で驚異的な早さで完成。変化の兆しを印象づけました。


また地区全体でアーティストが育ち、活躍するまちを目指そうという「アートビレッジ構想」に基づき、拠点施設として「神戸アートビレッジセンター」が開館。まちに新しい彩をもたらしました。


その後、再開発や集客施設の立地が続き、特に23年間、地区の中央で大きな空地となっていた聚楽館跡地に複合レジャー施設が立地したことは、いち早い復興の終息を意味するものとして、地区内で安堵の色が広がりました。


その後、音楽祭や映画祭が毎年開催されるようになり、まちの変化を多くの人に伝えられるようになりました。また、路地横丁には隠れた名店もしっかり残り、ぶらりと寄り道する場所として、根強い支持を受けています。


地区生誕100年の2005年、新開地は「B面の神戸です。」を合言葉に、まちの魅力を内外に発信していきます。

こんなこともありました

新開地村・村長の高です(笑)。震災では私の家と店を残し、周りの店は全て倒壊してしまいました。だからこれを機に新しい出発しようと、心を合わせて再開発をしたんです。まち全体がそんな雰囲気でしたね。世話役をしていると、難しい問題もいろいろありますが、少しでも多くの人に愛されるまちを取り戻すため、家族の応援を得ながら、これからもできることを精一杯やっていきたいですね。

 

新開地のシンボルゲート・BIGMAN

新開地のシンボルゲート・BIGMANは、全国から公募コンペで選ばれた作品を建築。「第18回公共の色彩賞(朝日新聞社)」など受賞多数。

 

新開地音楽祭は、毎年5月の第二土日に行われる地区最大の祭り。

新開地音楽祭は、毎年5月の第二土日に行われる地区最大の祭り。毎年出演者だけで1000名を越え、4万人の人手で賑わう。

 

栄華を極めた、大正・昭和初期(〜1945年)

映画全盛期から衰退期に向かった昭和中・後期(1945〜1980年)

まちの復活に向けた「いばらの道」(1980年代後半〜)

未来の「新・新開地」に向かって。(1996年〜)

 

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